What's "DOCUMENTARY 1981"?

DOCUMENTARY1981とは、1981年に生まれたそれぞれの主人公の生き方を追った、ドキュメンタリー映像作品です。思春期にはアナログからインターネット環境へと急速に時代が変化。社会人の入り口で就職氷河期とリーマンショックを経験して終身雇用は幻想だと悟った。3.11の大震災を30歳で経験したわたしたちが、今、新しい生き方を模索している。
自分らしく生きるとは?どう生きたら、幸せと言えるのか?新しい一歩を踏み出そうとする1981年生まれのリアルな今を、1981年生まれの映像ディレクターが撮影。2015年完成を目指し、撮影中です。撮影の過程もリアルタイムに更新していきます。同時に上映してくれる場所も探し中!
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2014/08/13

壁にぶつかって気づいたこと | 実名発信、スタート | 新井玲央奈


お久しぶりです。京都の弁護士新井です。
つい先日、個人のFacebookページを作りました。
僕にとっては、初の実名かつ公開の媒体での発信となります。
かれこれ1年以上、実名かつ公開の媒体で発信するかどうか、揺れ動いていました。

理由は色々ありましたが、要は、未知の世界に対して腰が引けていたんです。
今思えば、「発信しない理由」にしていたものは、腰が引けている自分を正当化するためにこじつけた理由に過ぎなかったんです。

そんな僕が発信に踏み切ったのは、「このままではいかん!」と思う出来事が重なったからです。

僕にはいくつかの大きな夢があります。
それは、生涯100冊の本を出すという夢であったり、セミナー・講演で全国を飛び回るという夢であったり。
ところが最近、色々な壁にぶつかりました。
その壁は、活動を始めた初期にぶつかった壁ではなく、活動を続けたからこそぶつかることの出来た壁でした
そして、その壁を突破するには、「このままではいかん!」と思いました。
結局、非公開の世界での発信、匿名での発信だと、活動範囲・活動規模は広がらないと感じたんです
そして、決心が付きました。

最後は、頭で考えてどうのこうのというよりは、直感でした。
「えいや!」という感じで。
頭で考え続けていたら、「こういう方法もあるんじゃないか?」とグルグル考えて、結局踏み切れなかったと思います。

よく考えたら、今までの僕は、良いとこ取りをしようとしていたんです。
どこかで、「今のままで夢を叶えたい」という甘えがありました。
だけど、夢を叶えたければ、チャレンジが必要です。
そのチャレンジの1つが、今回の発信です。
これからもっともっと速度を上げて、突き抜けていきたいと思います。

「応援してもいいよ!」という方は、Facebookページに「いいね!」して応援してください。
https://www.facebook.com/pages/%E6%96%B0-%E4%BA%95-%E7%8E%B2-%E5%A4%AE-%E5%A5%88/1460726844186203?ref=bookmarks

2014/03/15

1981年生まれの新しい生き方を追うドキュメンタリー動画★楽しかった思い出は、アルバムに入れておくだけではもったいない(新井)


自分らしく生きるための軸探し…楽しかった思い出は、アルバムに入れておくだけではもったいない

■僕の思い違い

先日、雪の舞う京都で、密着取材を受けました。
取材について、これまでの僕のイメージは、「既に自分が自覚しているものをそのまま
表現するもの」だと思っていました。
しかし、それは僕の思い違い。
確かに、「既に自覚しているもの」を表現する側面は強いですが、実は
「自覚していなかったけど、実は自分の中にあったもの」を表現する場でもあることに気付きました。
今日は、その気付きを得たやりとりについてお話します。


■発信を始めたきっかけは?

僕は、自分が壁にぶつかったとき、本や人との出会いによって意識が変わり、救われた経験から、
昨年下半期以降努力と意識次第で人生は好転するというメッセージを、できるだけ多くの人に伝えたい」というコンセプトの下、

・専門分野である法律と、穏やかに生きるための考え方を掛け合わせたセミナーを開いたり
・月刊誌Leafで書評コーナーを持ったり
・大型書店で勝手に推薦図書コーナーを持ったり

様々な発信をするようになりました。

それについて、家子さんから、
 「どうして、そういう発信をしようと思ったのですか?」
と聞かれました。

これに対する答えは、既に自覚していました。
僕は、本や人のおかげで、「以前の自分より成長した」という意味で「良い思い」をしました。
その「良い思い」を、できるだけ多くの人に体験してもらいたい。
そのために、発信を始めました。
発信の結果、誰かが僕の活動を通して上記の意味での「良い思い」をしてくれれば、
凄く嬉しいのです。
 
例えば、「こんな良い映画があったよ」「こんな美味しいお店を見つけたよ」というように教えたくなりますよね。それと同じような感情です。


■ 自覚していなかった気付き
 
しかし、ここからが気付きでした。
家子さんから、「昔からそうだったのですか?」と聞かれました。
 
しばらく考えこむと、思い当たることがありました。
 
一つは、大学時代に塾講師のアルバイトをしていたこと。
自分の経験やノウハウを生徒に教えるというのは、凄く楽しかった。
スーパーのレジ打ちをしたこともありますが、塾講師の充実感の比ではありませんでした。

もう一つは、目標だった司法試験に合格した時。
受験から合格発表までの間に、「もし合格したら、合格までのノウハウを公開しよう」と思い続けていました。
結局、合格後は忙しくて実現しなかったのですが。
ただ、弁護士になって5年間、ロースクールでゼミを持つ機会に恵まれました。
これも、かなり大きな充実感がありました。

このように、僕は、「自分の得たノウハウを伝えたい」という欲求が凄く強い。
その欲求が満たされた時に、大きな充実感を覚える人間なんだと、気付きました。
そして、今やりたいことは、まさにその延長線上にある。
この気付きは、新鮮でした。


自分が過去に「充実していたなぁ」「楽しかったなぁ」と感じた出来事や活動をよく観察すると、その大きな衝動や欲求の源には、何か共通点がある気がします。

そして、今「やりたいこと」は、突如芽生えたものではなく、その共通点の延長線上にある気がします。
換言すれば、過去を見つめ直せば、やりたいことのヒントが見つかる。
そんな気がします。

2014/02/15

1981年生まれの新しい生き方を追うドキュメンタリー動画★一般人で実績もない自分が、書店にコーナーを持つまでのこと。(新井)

一般人で実績もない自分が、書店にコーナーを持つまでのこと。

こんにちは、新井です。
いきなりですが、僕は、こういう活動をしています。
「書店で、僕がセレクトした本を数十冊並べていただいて、
その本全てに手書きのPOPを付ける」

これがどういう活動なのか、イメージしていただけるでしょうか?
なかなか難しいのではないでしょうか。
正直僕自身も、「こういうことなんです!」ということを、
短い言葉でうまく伝えられません・・・。

書店さん自身が、「◯◯フェア」のような展開をするのはよく見ますが、
一個人がコーナーを持つというのは、滅多に見かけません。
書店の方も、「こういう企画を持って来られたことは無い」と仰っていた程です。
そういうわけで、僕の活動を的確に伝える肩書とか、キャッチフレーズが、
なかなか見つかりません。

—なぜこの活動を始めたか?
自分が「良い!」と思うものって、人に薦めたくなりませんか?
小説、音楽、映画、美味しいスイーツのお店など、なんでも。
根本は、それと同じです。
僕が「良い!」と思うビジネス書・自己啓発本を、多くの方に読んでもらいたい。
それが、スタートです。

ただ、書店で働いたこともなく、分かりやすい実績もない僕が、
いきなり「コーナー持たせて下さい!」と飛び込んでいっても門前払いでしょう。

ところがある時、京都の出版社の方と知り合う機会がありました。
何度か話す中で、僕のやりたいことを応援してくれるようになりました。
そして、その方の売り込みのおかげで、昨年夏、初めてのコーナー展開が実現しました。しかも、京都駅からすぐの、大型書店で。
友人や知人も足を運んでくれ、思った以上に売れました。

自分が自信を持って推薦した本が、どこかの誰かの本棚に並んで、
もしかしたらその本が、誰かの人生を好転させるかも、なんて想像すると、
ドキドキしました。
おこがましいかもしれませんが、こういう活動を続けるのは、
僕を救ってくれた本、そして著者の方に対する恩返しでもあります。

2/17から、京都駅南側直結のAVANTI KYOTO6階アバンティブックセンター」さんで、2店舗目の展開が始まります。
予定では、3月末までです。
ぜひ、お近くにお越しの際は、お立ち寄りください!

2014/02/10

大学生と腹を割って話した。そこで感じた、今まで体験したことのない喜び。(新井)



2月6日、初めての撮影を迎えました。
今回は、昨年僕のセミナーに参加してくれた同志社大学の大学生3名との飲み会に
撮影として参加してもらいました。


僕にとって、「大学生」は一つのキーワードです。
大学生という時期は、子供でもなく、大人でもなく、
自分の考えを確立しようとするけれど、凝り固まっていない。
スポンジのような時期だと思っています。

そんな大学時代に出会う人、出会う本、出会う出来事が、
その先の人生にとって少なからぬ影響を持つとも思っています。

僕は、そんな混沌とした時期にある大学生に多くのことを学んで欲しいという思いから、
これまで折に触れてメッセージを伝えてきました。
それは、考え方も生き方もダメダメだった大学生の自分自身に送るメッセージでもありました。


今回、大学生との腹を割った飲みの場で、
今まで聞いたことのなかった彼らの本音を聞くことができました。


話していくうちに、想像以上に、学生達は、僕のメッセージを、
本当によく理解してくれていることが分かりました。

たとえば、もう5ヶ月も前に開催したセミナーで話した内容を
昨日聞いたかのように「新井先生が、話してくれたあの話題が…」というように
スラスラと話してくれたこと。


そして一番驚いたのは、僕が話したことを基に、自分の考え方、生活に合うように変換して、
ただの暗記ではない、「自分なりの学び」に昇華させていたことでした。
「僕が話したことを理解してくれた」だけじゃなく
「僕が話した以上の学びを得てくれていた」わけです。


それを知った時、あまり感じたことのない感情になりました。
嬉しいというか、奥底から湧き出てくるような喜びというか。

「僕が蒔いた種を受け取ってくれた人がいて、その人がその種を育てて、
 その人なりの素敵な花を咲かせてくれた」


そういう気持ちになりました。
それと同時に、「あぁ、種を蒔いて、本当に良かった」と思いました。

こういう感動が得られるような活動を続けていくことが、僕の進みたい道なんだと、
改めて思いました。

学生の皆さん、本当にありがとうございました!(新井)

2014/02/02

ドキュメンタリー撮影を引き受けた理由と、撮影前の正直な気持ち(新井)


皆さん、はじめまして。新井玲央奈(あらいれおな)といいます。
今日は、僕が出演をお引き受けした経緯をお話します。

今年1月某日、家子さんから1通の(長文)メッセージが来ました。
内容を少し読んだだけで、僕のことを撮ってくれるという内容だと分かりました。
その時点で、直感的に「喜んでお引き受けしよう!」ということはほぼ決まり。
細かいところを少し確認して、ほんの何往復かのメッセージで正式にお引き受けしました。

なぜ直感的に引き受けようと思ったのか?
簡単に言うと、「面白そうだったから」です。

 振り返って考えてみれば、家子さんへの信頼や、僕自身も伝えたいメッセージがある
という事情はありますが、そんな小難しいことは考えていませんでした。
「面白そうだったから」という言葉に尽きます。

もちろん、撮影となれば色々な負担も生じます。
だけど、目先の損得勘定では測れない面白みを感じました。

そして迎えた家子さんとの初めての打ち合わせ。
思った通り、否、思った以上に面白くなりそうな予感がしました。

打合せ時、家子さんから色々インタビューをしてもらいました。
自分の中で「考えたことのある質問」もあれば、「考えたことのなかった質問」、
「より深く考えさせられた質問」も少なくありませんでした。
まだまだ未知の自分、矛盾に満ちた自分が居ることに改めて気付かされました。

これからの撮影を通じて、今感じている矛盾した自分が一本につながるのか。
あるいは、矛盾した自分も自分だと受け止めることになるのか。楽しみです。

そして、同じ世代を生きる人達に、何か一つでも気付きを得ていただければ本望ですし、
反対に僕自身も、たくさんの気付きを得たいと思っています!

皆さん、どうぞ応援よろしくお願いします。そして、楽しみにして下さい。

写真は、雑誌で担当している書評コーナーの執筆途中の写真です。